Profile

メンバー

中野ゆうきNakano Yuuki
Vo., Cho.

高野学Takano Manabu
Vo., Cho., acoustic & electric guitar and song writing.

森田ひろゆきMorita Hiroyuki
accoustic & electric guitar, electric bass, drums, programming and song writing.

経歴

pitcher56-3menbers-

-her abiding memory ライナーノーツより抜粋-

話はpitcher56のメイン・コンボーザーである森田が10代だった頃から始まる。

現在の彼らの音楽性からは想像も付かないものの、彼は、レッド・ツェッペリンやホワイト・スネイクこそがロック!ハード・ロックこそが音楽!そう信じ切っていた。

〜中略〜

さて、そのまま、ジミー・ペイジに心酔していたりしているような彼のままでは、pitcher56などこの世に存在しなかったわけで、その頃彼とつるんでいた友人が、押し付けるように渡した一本のカセット・テープ、それが彼そしてpitcher56にとっての大きなマイルストーンであった。

〜中略〜

そして、思うことあって医者になることを決意した森田は宮崎医科大学へと進む。

医科大学で過ごすということはそもそも6年というモラトリアムを孕んでいるということであるから、それ有意義に過ごそうと、本格的にバンド活動に取り組むことを強く決心した森田は大学の軽音楽部にて現メンバーの高野と出会う。

〜中略〜
のち、pitcher56は5人編成になったり、解散したりしながら、久保田利伸とオリジナル・ラヴが好きな陸上部の女子、ゆうきをヴォーカルに迎え、現在のトリオ編成となる。

〜中略〜

3人は、医学生として勉学を修めながらも地道に活動を続け、自主制作でCD-Rをリリースしたり、abcdefg*recordsのコンピに参加したりしながら、2003年2月にファースト・アルバム『a direction of the ball she hit』を発表。
その爽快感あふれるポップ・センスと、奥行きのあるサウンドで渋谷系復興ムーブメント”ネオ渋谷系”の担い手の一端としても高く評価を得る。

そして同じ年の11月には、過ぎ去って行く青春時代を惜しむかのようなメランコリックな表題曲を収録したシングル「すじをえがく」を発表。

翌2004年には、3人は揃って卒業、研修医の道に進む。
このあと、本作品の発表に至るまで、ブルーバッジのコンピに参加する以外は表立った活動はしてこなかったようにも思えるが、それは間違ってはいない。
その原因は医者として本業が多忙であるのはもちろんのこと、バンドの作詞とマネージャーを担当していた森田の実弟の他界など、バンドに関わる状況が安定していなかったことも挙げられる。
が、しかし、今我々が聴けるのは間違いなく彼らのセカンド・アルバムであり、この5年間の平坦とは言い切れない状況から生み出された結晶である。
(ちなみに、この5年間で高野とゆうきは結婚している。)
pitcher56は、これからもマイペースでありながらも、忘れた頃にひょいと素晴らしい作品を届けてくれるだろう。

オクダケンゴ(radiodAze)